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江南之風視界に入る風景が一瞬にして変わる。
馬を攻めた。
駆けたい。とにかく、駆けたい。逃れたい。
父が死んだ。勝利したのにも関わらず、死んだのだ。運がなかったといえばそれまでなのだろう。しかし、余りにも早過ぎた。まだ、教えて欲しいことはたくさんあった。
父が死んだ後、家臣たちは散り散りになった。主だったものは袁術に奪われた。自分の知らない家臣の中には、自らの意志で離れていったものもいるだろう。
父ほどの器はない。
そう言われているような気がする。
悔しい。
どのくらい馬を走らせたのだろうか。ふと、視界が開けた。
風を感じて視線を転じれば、小高い丘の上にいることがわかった。足下には街が広がり、江も見える。
息が上がっていることに気づき、そうなるまで駆け続けた自分に苦笑しながら馬を降りた。手綱を放すと、馬はのんびりとあたりを歩き、やがて草を食み始めた。
丘の端まで行く。眼下に広がる街―――今、住んでいる街だ。
突然、涙が溢れてきた。誰が見ているわけでもないのに慌てて涙を拭う。父を送ったとき、もう泣かないと決めたのだ。
そのまま、座り込んだ。
思い出すのは親友のこと。
彼もまた、自分から離れて行ってしまった。いや、彼は家長である叔父に従ったまでのことだ。責めることは出来ない。
あんな泣き顔を見たら、誰だって責められない。
すまない、と何度も言っていた。
彼もまた、自らの力のなさを嘆いていたのだ。しかし、彼は嘆くだけではなかった。
―――きみが立ち上がるときは、僕も必ず立つ。だから、きみは短気を起こさないで、今は耐えて。
そう言いながらこちらを見つめてきた瞳は、涙で濡れていた。しかし、その奥には強い光が宿っていた。今まで見たことのない強さだった。
―――時を待つんだ。
思わず、圧倒された。彼がそんな強さを持っているとは思っていなかったから。
文武ともに優れ、苛烈な面を見せることはあったが、どちらかと言えば、その秀麗な顔立ちそのままの穏やかな男だった。
そんな彼が見せた、自分よりも強い面。
負けた、と思った。
弱い自分が疎ましかった。
強くなった親友を妬む反面、置いていかれることが悔しかった。
「…こんなことを考えてる時点で、弱いんだよな」
呟いて、ごろりと横になる。
懐から取り出したのは、小さな玉の帯飾り。出立の前夜にやって来た親友がくれたものだ。
―――僕がいない間は、これを僕だと思って。きっと、きみの短気を止められる。
悪戯っぽく笑った親友の顔を思い出し、ぎゅっと強く握る。
ひんやりとした感触が、親友の凛とした姿を思い出させる。
自分の短気を止めるだけではない。
心の底から、強くなれるような気がする。
そう思った瞬間、自分を取り巻く人たちの顔が思い浮かんだ。母や幼い弟妹たち。ここまでついて来てくれた家臣たち。家の使用人。迎え入れてくれたこの街の人たち。
守りたい。大切な人たちを守るために、強くなりたい。
そして、父が果たせなかった夢を叶えるのだ。
玉を握ったまま、勢いよく立ち上がる。衝動のままに、一声吼えた。応えるかのように、江から強い風が吹く。
自然と笑みが浮かんだ。
―――猛る、若虎の笑みだった。
了
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