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風 - feng - 眼下に広がる街。
ここに来るたびに、自分の小ささを実感する。曹操という人間は、この世界を構成する物体のほんの小さな一片に過ぎないのだ。
遠くから吹いてくる風を感じながら、曹操は草むらへと寝転んだ。
天に広がるのは蒼穹。
「小さいものだ」
呟いて、目を閉じる。
自分を主君と仰ぐ者たちに支えられて、ここまで来た。「乱世の奸雄」と謗られようとも、自らの信じる道を選んで、今、ここにいる。
そして、それはこれからも変わらない。己の道を征くだけだ。
しかし、忘れてはならないことがある。曹孟徳も一人の人間であるということだ。あの街を、中華を、引いては世界を構成する塵芥でしかない。
誰かが、こちらへ向かってくる。力強く大地を踏み締める足音は耳に心地よい。
「孟徳」
耳慣れた声が、自分を呼ぶ。
まったく。どこにいても、あっさりと見つかってしまう。
「俺はひとりの時間も持てないのか、元譲」
苦笑しながら目を開けると、そこにはしかつめらしい顔をした、隻眼の友。
「お前はもう少し自分の立場をわきまえろ。今、この国からお前がいなくなったら、国はあっさりと滅びるぞ」
「そう言うな。俺もたまにひとりになりたいときがある」
「そうは言ってもな。頼むから許楮だけでもそばに置いておけ。お前がいなくなると半狂乱で捜すから、こちらも喧しくてかなわん」
なだめるのが大変だった、と夏侯惇は苦笑しながら傍らにどっかりと腰を下ろした。どうやら、急務のことが起きたわけではなさそうだ。許楮に騒がれて探しに来ただけなのだろう。
「よい、風景だな」
「お前もそう思うか」
「ああ。己が小さなものだということを思い出させてくれる。それが、まったく不愉快ではないのだ」
夏侯惇の言葉に、曹操は目線を上げた。この角度からは、彼の目を見ることは出来ない。眼帯で覆われているのだから。しかし、その口許に浮かんでいるのは、淡い笑み。何やら、本当に気持ちよさそうだ。
「人間、奢ってはならんのだな」
「どうした、急に」
「お前、ここに来るたびにそんなことを考えているのだろう」
すっかり、見透かされているようだ。
この地にしばらく逗留することになるたびに、季節に関係なく、この丘には足を運ぶ。特に、戦に勝った後などは。
「…お前には敵わぬな」
「伊達に長くは付き合っておらんぞ」
こちらを見下ろしてニッと笑う。その精悍な笑顔は、眩しい。
「ま、お前が奢り高ぶるようだったら、ぶん殴って目を覚まさせてやるから、安心しろ」
「それは勘弁だな。一発で殴り殺されそうだ」
「だから、孟徳」
ふと、夏侯惇が真顔になった。
「お前は、お前の覇道を征け。俺はそれを後ろから見ている。邪道に逸れるようであれば、必ず止める」
呼吸が止まる。
唐突なまでの告白。
「前だけを、見ろ」
隻眼に射抜かれそうになる。
息が、詰まる。
一陣の風が吹く。
恐らく、見つめ合っていたのはほんの一瞬。
曹操が、破願する。
「任せた」
その笑顔は驚くくらいに清々しい。
「但し、俺のお守りは大変だぞ」
「そんなことは昔からわかっとるわ」
今も十分困らされている、とぼやく夏侯惇に、曹操は腹を抱えて笑うばかり。
友に、家臣に支えられて、自らの道を征く。
己の信じる覇道を。
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